手帳で管理する3つのこと

スケジュールを管理する
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人は誰もが時間の中に生きている。
人だけでなく、命あるもの、存在するものはすべて時間の中にあるが、恐らく人だけが「時間の移り変わり」を知っている

例えば、ワンコにとって時間は「今」そのものしかない
今が自分にとってどういう状態か、今の一瞬がどれだけ幸せ(安心)か、それしか考えていない。
それはそれでとても大切なことで、ワンコの生き方から学ぶことも多いが、これは生きている時間が短く、命がギュッと濃縮されているワンコの場合のお話。

寿命がワンコの5、6倍くらいある人間は、やはり過去と今と未来のバランスをとりながら生きていく方が、現代社会では安心して暮らしていける。
だから、目に見えない「時間」を管理するものの一つとして「手帳」は役に立つ
手帳などなくても時間管理ができる人もいるかもしれないが、凡人であれば手帳があったほうがずっと楽に上手に生きていくことができる。
手帳で管理する3つのことをまとめてみた。

※ここでいう「手帳」とは、スケジュール腸のこと。

1-「ハレ」ではなく「ケ」に目を向ける

人生の中の「ハレ」と「ケ」

(細かい定義はここでは無視して)、ざっくりと「ハレ」とは特別な日、「ケ」とは日常のことを指す。

大人になると、毎日毎日、ドラマのように目新しいことの連続、というのはあまりない。
同じ時間に起きて、仕事して帰宅して、食事してお風呂に入って寝る。そしてたまにイベント。日々は単調に過ぎていく。
その、たまのイベント―例えば、『○○さんと会う』とか『□□に行く』といった『人(他人)や場所との約束』を管理するのも、手帳の役割だ。

けれど人生は、たまのイベントや特別なこと(ハレの日)だけで回っているだけではない。

「ケ」の日に自分との約束をしよう

手帳にはつい「ハレ」を書くものだと思ってしまうが、ハレ以外の大半を占める「ケ」を管理する方が、本当はずっと大切なはずだ。

食事する、家事をする、仕事する、ソファでテレビを見る、お風呂に入る、夕飯の買い物をする、ネットサーフィンをする…繰り返される毎日の出来事すべてが自分のもの。
「ハレ」以外のたくさんの時間、空白部分、その「ケ」の時間に何をして何を考えるかが、人生を大きく動かしていく。

だから、「ケ」の日こそ、手帳で管理する。
「ケ」というのは日常のことであり、自分を作るすべての時間。

イベントなどの誰かや何かとの約束事はもちろん大事だが、日常の暮らしの中で何かをする時間は、すべて「自分との約束」だ。
時間は目に見ることはできないが、手帳に書くことで、自分の『未来(予定)』と、『過去(記録)』、そして『現在(すべきこと)』がすべて存在できる。
一寸先すらわからない人生という闇の中で、手帳はほんの少しだけ未来を照らす灯火になる。

2-未来ではなく今を生き、今ではなく未来を生きる

実行できない計画表の作り方

手帳への関心は、遡れば小学2、3年生の頃には芽生えていたと思う。

子供の頃、手帳を活用していたわけではないが、「計画」を立てるのは大好きだった。

小学校の頃に文通していた親友への手紙に「私の一日のスケジュールはこんな感じです(と、横長の時間割のようなものを書いて)。○○ちゃんの計画も教えて」と書いたほどだ。
(それに対する親友の返信が手元に残っており、「私は計画なんか立てずに適当に生きています」ということが書かれてあった…)

放課後の計画、勉強の計画、お休みの日の計画、夏休みの計画…ご丁寧に色鉛筆で時間ごとにカラフルな色分けをし、美しい計画表をしょっちゅう作っていた。

「計画を作ること」は一つの趣味のようなものであった。
ただし、その実行率は果てなく低かった…。

「○時に○○する」という計画表の作り方では、ただ何となく時間を区切っただけになる
小学生だから仕方ない…と思いたいが、このような時間の管理の仕方を大人になっても長く続けていたのだった。

未来を見ながら今できることをする

手帳では基本的には「未来の時間」を管理する
明日○○する、1か月後○○する、今年○○する…といったことを決めて手帳に記す。
そして、逆算して実行に向けて動き出す…というのが、手帳で時間を管理するための基本的な使い方だ。

だが、どんなに未来を見つめて、そこに向かって歩こうとしても、自分は常に「今」にしか存在しない
今できることしか今できることはない…という禅問答のような状態だ。

そして、「今」の次にすることは「未来へ一歩を踏み出すこと」
どちらの方向へ向けて一歩を踏み出すかを「今」決める。
適当に足を踏み出すにしても、計画を持って踏み出すにしても、いずれにしてもどこかへ進まなくてはいけない。
それが「生きる」という作業だが、「自分が生きたい人生」を歩むためには、「自分が考えている未来」に向かって歩いて行った方がずっと効率的だ
だから、未来を思い描く。

予定は未定、だからこそ考えてみる

未来に生きている自分を見ることができれば、今すべきこともわかってくる。

とはいえ、エスパーでもない限り、完全に未来を見ることはできないし、どんなに合理的に理性的に統計学的に未来を見ようとしても、その通り行かないことは多い。
予定は未定(未来はわからない)なのだ。

どうなるかわからない未来であっても、一応考えておく。
それは「保険」のようなもので、実際の行動とは違ってもよいし、考えが変わってもよい。
漆黒の時間の中を闇雲に突き進んでいくよりは、未定であっても何かしらの「予定」があれば、とりあえずその方角に進んでみることができる。

3-時間ではなく人生を管理する

手帳で「何がしたいか」を理解しておく

手帳をつける意味は「時間を上手に有意義に使うため」、そしてその目的は「やりたいことをやるため」だと思う。

時間を管理して「何がしたいのか」を自分がわかっていないと、単なる「手帳をつけるために生きている人」になってしまう。
(「計画表」を作るのが大好きだった、かつての私のように。手帳をつけることが「やってみたい」ことで「楽しい」ことであるならよいが)

自分を大切にするために手帳を使う

手帳は学生やビジネスマンなど、何かしらすべきことがあり、多くのイベントが発生しやすい人が持つイメージがあるが、本当に手帳を使うべきなのは、雑多な用事に追われたり、分刻みの予定があまりない「主婦」なのでは、と思う。
自分のことよりも、夫や子供、ペット、家庭全体、兼業主婦なら仕事のことなどにも気を配らなければいけない主婦は、つい「自分時間」をどこかに置き去りにしがち…と思いがち。

だが、常に時間は自分の中にしかないのだから、誰かのために何かをしていても、それはすべて「自分の時間」だ。

自分の時間を、自分が本当に納得できるように使い、生きることができるよう、手帳を使う。
他人ではなく自分を大切にする。


それは、自分を優先させるという意味ではなく、育児や介護や介護など「誰か」のために何かをしても、すべてが自分の時間であることを意識する、という意味だ。

自分の時間管理は自分にしかできない。
実際には、お風呂に入る時間もないなど「自分の時間がない」と感じることもあるが、自分の時間は自分の中に確かにある。

手帳(スケジュール帳)は、誰かと会う予定とかイベントを書き込むもの…だけではない。
自分の行動をすべて管理し、不要な時間と大切な時間を認識し、時間を有効に使ってやりたいことをどんどん叶えていくもの。